昭和56年8月1日 月次祭 (末永信太郎) №56-080
信心のけいこというのは、日常生活の中に、限りなく、数限りなくあるのです。おかげが頂きたい、大きなおかげが頂きたい、力が得たい、お徳を受けたい。ね。ためには、やはりお徳を受けるためには、お徳を受けるための受け物、信心がいるのです。よく、売り言葉に買い言葉というようなことを申します。
ね、例えばカチッと来るようなことを言われると、まあ、それに対してカチッと受け答えせねば胸が治まらない、というようなね。まあ、それを売り言葉に買い言葉。けど、これでは信心のけいこにならんのです。ね。こっちが、言うならばやんわりと受ける。
三井教会の初代が、もういつも仰っておられたそうです。あちらも、なかなか、おばあちゃまの方が元気が良かった。それで、夫婦で仲の良い時に話し合って、ね、私がイライラしよる時には、お前が柔らかく受けてくれ。お前がイライラしよる時には、私が柔らかく受けるから。もう、ほとんど親先生が、初代が柔らかく受けられる方の側だったらしいですね。だから、問題がなかった。
だけじゃなくて、やはり、それによって、先生に力を受けられたんです。ね。だから、心ん中に、こう、構えておくということは、その、なかなか、ちょっと難しいようですけれども、いつも自分の心の中に信心がなからなければならない、と思うんですね。
頂き様が悪いと、それでおかげを落とすことすらございます。もう何十年も、私の方の栄四郎が、まあだ、小学校行く前でしたから、椛目の時代。御結界のすぐ後ろから、お玄関になって入り口(に出る?)。後ろに障子が立っていた。で、そこに、もう、参って来る方達の足音が聞こえるぐらいであった。後ろの方に、何か栄四郎が遊んでおったらしいです、庭で。
して、そん時にちょうど参って来た方が、久留米から参って来た。したら、栄四郎が、おっちゃん、アンタみょうな顔をしとんのち、言いよりますもん。はあ、どげなんこっでん言うと思うて思いよったら、やっぱほんなダルマさんのごたる顔をして、こうヒゲ伸ばししちゃったから、まあ、栄四郎がそんな風に、まあ、言うたわけです。おっちゃん、アンタみょうな顔しとる。
もう、それっきり参って来んごとなったっですから、子供が言うた。一年ばっかり参って来なかった。はい。ああ、もう、片一方がそのままの、まあ、売り言葉という意味でなかった、まあ、無邪気に言うた訳でしょうけれども、ですら、虫のおりどころが悪いと、それでもう、あげんとこには参らんという事になったのじゃないでしょうか。今日も、まだ今でもここに、もう、一年ぐらいは休まれたけれども、また、お参りをしてみえておられますけれどね、その方は。ね。
これは、今、先ほども今日で二回か、お参り、鞍手の方から参って来る方がおられます。この前も、色んなお願いがあって、今日も参ってみえて早々に言われることが、もう、とにかくこの、自分がね、言うならば正義感が強いとか、言うたことは間違いないという人であればあるほど、こう、相手が間違える訳ですね、約束を履行しない。もう本当に、もう、それがやっぱ腹が立ちますもんねえ、と言うて、まあ、そのことをお届けされるから申しましたけれども、それけんちゅうて、ここで腹ば立てよったんじゃ、あの、信心にはなりませんよ、と。大きなおかげが頂きたいと、例えば、んなら、この前のお届けをさせて頂いた、何か大きな土木関係の仕事をなさっておられるらしい、今日も参っておられます。
だから、それでは、んなら、願うおかげになりませんから、はあ、ここが受け物作りだなあ。相手を責めたところで、言うたところで、だらしのないのは、だらし、直すということは難しいけれども、こっちが直って行く。こっちが、それによって豊かになる。それによって、自分が大きな心を頂かせてもらうということになれば、もう受け物が出けますから、大きな、そのことはおかげにならんでも、こちらがおかげを頂くことになって来るんです。ね。
先だっても、ある会合の時に、あるお爺さんが発表しておられました。私の方には、この嫁が非常に気が強い。ね。時々はもう姑、私ども夫婦を、それが親に言うことか、そういう態度が親の前にする態度かというようなことがあります。けれども、とにかく仕事には熱心で、実意がよくて、金使いなんかはもう、大変こう、まあ、具合ようやってくれる。
ただ、問題は気が強いから、それでも、それが親の前で取る態度か、親に言う言葉かというようなことが時々あるんですけれども。ね。それを、こう、顔に出さん、思わんで済む、豊かに心を受けて行くということが、だんだんスッキリと出けるようになりました。
親先生がいつも、力を受けよ、力を受けよと仰るのは、そういう時に力を受けるのじゃないでしょうか。そういう時に、言わんで済む、言うならば、もう既に力が出けた。百斤のものがやっと持てた時には、どうか( )だったけれども、それが楽に持てるようになった。ね。もう、言うならば、嫁が取る態度のようなことでは、腹が立たない、心を汚さない。
それだけの力、力を受けるという時には、そういう時に受けるのじゃないでしょうかという、まあ、実に私は感心したことでしたけれども、そういう発表をしておられます。ね。皆がやっぱり力が欲しいんです。百斤よりも千斤持てる力が頂きたいんです。そんなら、そういうチャンスを逃さずに、そういう時に、はっ、今、力をつけて下さる、けいこをさせて頂いておる、という頂き方なんです。ね。
今日、四時ちょっと前でしたでしょうか。ある方から、熱心に信心される。で、最近、金銭の都合がなかなか、言うならば大修行をなさっておられる。今日も、もう、その、手形がもう時間ギリギリなのに、もう親先生、今日という今日は、もうどっこも行くとこはございませんち、都合して下さいち。
それで、銀行に再三頼みましたけれども、絶対出けんと、こう申します。どうしたらなら良いでしょうかと、こういう電話。もう、それも悲愴な声です。で、私が言いました。もう、どうにも仕様がないなら、どうも仕様がないけん、アンタどうするのち。神様の前に座って、御祈念するより他にないじゃんのち、私が申しました。もう、時間もギリギリ。それからもう、すぐ、先ほど夫婦でお礼に出てみえてからの話なんです。それからすぐ、御神前に出て、一生懸命、御祈念をさせてもらった。
御祈念をさせておる半ばに、誰かが入って来た。母でありました。母が大きなスイカを抱えて、神様にお供えしてくれんの、と言うて持って来た。今までかつてない事である。もう、途端に私の腹は決まったと言うのです。どうでしょう。皆さんがそういうような、もう、どうにもこうにも、もう、とにかく八方塞、どうにも出けない。もう、どうにも出けない、御取次を頂くより他にない。
御取次を頂いたら、御取次で、ポ-ンと蹴られるように、そんなら、そげな(こっで?)どうすんのち。
どうに仕様がないものは、どう仕様がないじゃないのて。御神前に行って、御祈念する以外になかばい。とまあ、言うなら(けんもほろろ?)のことでしたけれども、そこは日頃の信心、ほんにそうたい、と御神前で一生懸命御祈念をした。それこそ、一心不乱である。その半ばに、お母さんがスイカを持って来て、ね、それこそ、今までそんなことのなかったお母さんが、スイカをお供えしてくれと言うて持ってきた。
時に、腹が決まった。はあ、神様が修行で受けて下さると思って。ね、ここでは、スイカとはスイカの行、もう、一番きつい修行と言われる。神様が修行で受けて下さる。例えば、修行修行と言うてもね、その修行を神様が受けて下さらなければ、苦労は苦労ですから、神様に通じんて。はあ、難儀なことじゃ、難儀なことじゃでは、おかげにならん。ね。
神様がさせて下さる修行、神様が求めておって下さる修行。そこに、神の声を聞く思いがした、腹が決まった。ね。そしたら、もう、(玄関?)済んどるはずの四時半頃、銀行から電話がかかって来た。(どういう風?)、出けたかち。いんや、こんな訳。そんなら、一日までは待つからねという、まあ、電話であったと言うて、先ほどお礼のお届けがあったんです。
皆さん、ただ、「これば修行と思うとります」というようなこっじゃいかんちゅうこと。それには、先ほどその〇〇さんじゃないけれども、こういう時に力を受けるんだなあ。百斤のものがやっと持てた、もう、ここで言わにゃおられんというような場合であっても、それを平気で言わんで済むようになったという事は、その百斤の苦労を平気で持てれるようになった、ということなんだ。
今度の、先ほど四時の御祈念前にちょうど、宮崎の方達が(一つで?)お参りになりました。中にあの、佐田信生さん、佐田電気ですね。あちらのご主人がこの頃、体が悪い。もう、あっちこっちが悪い。ね。ところがね、いつでしたか、親先生のお話を頂いた時に、もう目がこんなに薄うなり、耳は遠うなる。本当にこの目が見えますように、耳が聞こえますようにと言うて、お願いはせん。
言うならば、それを言うならば、これを修行とも思わない。おそらく、耳が聞こえなくなったら、耳の聞こえない者でなからなきゃ分からん世界がある。目の見えない者が、ね、どうぞ目が見えますようにではなくて、目が見えないようになったら、目に見えない、今まで目が目明きの時代には感じることも出けなかった有り難い世界があるに違いがないと確信しておるから、楽ですという話を聞かせて頂いたが、私もあっちこっち悪いけれども、治して下さいとかと、(難行?)ですけれども、何か心の底に楽しい、愉快な、親先生の心っちゃこげな状態じゃなかろうかと思いました、というお届けがあった。
どういうことでしょう、苦しいんです、商売に(さしかえる)んです。ね。けれどもね、それが平気で有り難う嬉しゅうなったと言うのなら、その、言うならば百斤も二百斤もあるがたの、言うなら重い物を平気で持てれるようになった、ということでしょう。ね。んなら、今まで百斤しか持てなかったものが、二百斤持てるような力を頂くから、次のおかげは二百斤ということになるのじゃないでしょうかね。ね。
私は昨日は、皆さんも、あの、参加になられたでしょうが、7月いっぱいの夏期信行が、あのような、それこそ割れるような勢いで日々修行が続けられて、それを皆さんがやり抜かれて、昨日はそのお礼を申させてもろうて、そこに、ちょうど大淵先生というですかね、先生のご講話を頂いて、あの、新館ホールで、まあ、頂いた訳ですが。修行というのはね、徹することなんだ、貫くことなんだ。
昨夜の御礼信話会に、ここに、あの、秋山よし江という先生がおります。先だってから、あの、結婚しましたですが、秋山の性に変わった。おかげを頂いて、懐妊のおかげを頂いた。はあ、私は男では分からんけれども、やっぱり色々と体の異常が、身二つになろうというのですから、異常、あるに違いはない。ね、お腹もだいぶん、前に突き出して来た。体もきつい、この暑さと、やっぱり、時にはちょっと横になって寝ろうかちゅうごたる時もあった。けれども、この夏期信行に入らせて頂いて、親奥様はどんな場合であっても、昼横になるということをなさらなかった。今でもそうだ。ね。
親奥様の真似をさせて頂こうと思うて、きついけれども、横にならない修行をさせて、まあ、昨日の一月間の夏期信行の言うならば体験を皆が語ったんですけど、その中によし江先生そう言ってるんです。ところが先生、不思議。もう、横になるまいと決めたら、横にならんだけの時間が余る。時間が、だから、御用に打ち込む。そこには、もうそれこそ、教えの実験実証とは、こういう事であろうかというようなおかげが頂けました。今月の夏期信行にそういうおかげを頂いたという体験発表があった。
そして、親先生が言われる、楽はせんぞという気にならせてもらう、と。この神様は、いわば、楽をすることを一番お嫌いになるようですと言うて、最後に話しておりました。この神様は、楽をするということをお嫌いになる神様。決して楽をすることを、それこそ合楽であり、極楽であり。ね。楽をさせたいばっかりのおかげを頂かせたいのだから、その受け物を、ね、作ってくれよというのが、神様の願いなんだ。
楽はすると思わんと思やあ、させずにはおかんという働きが必ず起こってくる。ね。私が生来、あの、歌舞伎芝居が好きですから、ね、芝居に欠かせたことはなかったんですけども、段々こうしておかげを頂くようになって、もう、芝居ども見に行くようなことではと思うて、もう、芝居は行かんと、こういう風に決めた。いわゆる、楽はせんぞという気になったら、もう、この頃ではもう、それこそ数日前にいついつは何々という東京歌舞伎が来るからと言うて、こう、切符を下さる。行く段になると、車は迎えに来て下さる、お弁当は作って来て下さる。ね。
神様がさせずにはおかんという働きこそ、神様と一緒に合楽し合える世界が生まれて来る。はあ、そげな芝居見て有り難いなと悦に入っておる時に、神様も、もう良うもおかげを頂いてくれたなと言うて、喜んで下さる。神様と私どもが喜び合えれる世界が、そっからある。それには、先ず私どもが、なるほど、この神様は楽をすることを嫌いだと思われるくらいにです、ね、楽はすると思わん、させて頂くというような信心修行を、それ本気で出ける時にね、神様がそれを修行で受けて下さる。
今日も内田のおばあちゃんが申しておりました。一月間、おかげで無事にお参りが出けました。中で、半ばに一遍、もう頭が痛うして頭が痛うして、どうにも出けないほど日があった。そして、何か、修行じゃから、お参りだけじゃと思うて、必ずお便所のお掃除をすることを決めました。今日はもう、お参りは出けたけれども、お便所の掃除だけは、今日はご無礼しようかと思ったけれども、やれやれ、これは、その、まあ、神様のお験しやも分からんと思うて、まあ、きつかったけれども、お便所のお掃除させて頂きましたら、もう終わると同時に頭がすっきりして、おかげを頂いた。
頭の痛いのが治ったのが有り難いのではない、すういう働きを感じることが有り難いという、今日はお届けがあった。ね。だから、修行もね、これを修行と思うとりますじゃなくて、それを、いんや、(狙ってる?願ってる?)そのおかげというものが、ね、いよいよ頂きたい。いや、より大きな、そしてまた、力が頂きたい、お徳が受けたいと言うならば、力を受けるための言うならば、ね、今まで百斤しか持てない力が二百斤持てれるようになる。ね。
嫁御じゃない、自分たち老夫婦二人が話し合って、そのけいこ、どんどん力が付いて来た。もう、そのことは問題で無くなって来た。だけで、問題に無くなって来たということが、おかげじゃない。こちらに力を、それが持てれるおかげを頂けるようになったということが、有り難いということが分かるでしょうが。
今朝からの御理解に、言うならばお徳を受ける。神を信ずる氏子は多いけれども、神に信じられる氏子が少ない。段々、合楽にご縁を頂いておかげを頂く、はあ、神様っちゃ新たかなもんだなあ、やっぱ神様っちゃござると、段々その信ずる力というものは強くなって来るでしょう。ね。
けれども、神様から信じられる氏子が少ない。ということは、お徳を受けるということでしょうが。ね。合楽では、もう、誰でもがその気になればお徳の受けられる教導を受けておる訳です。その気になって実権し、そこに実証が生まれて来る。はあ、これが力になるんだな、これがお徳になるんだな。こういう風にして受け物が豊かにいよいよ大きゅうなって行っておるんだな、ということが分かる。
楽しゅうなって来る、だから。それこそ、売り言葉に買い言葉じゃない、例えば、どういうえげつないことがポーンと来ても、どっこいち言って、それけん力まんでもね、もう、すんなりと受けられる。それこそ、大人と子供じゃない、子供が言うならば馬鹿と言うても大人が腹が立たんごたる。ところが、子供が言うたっちゃ腹の立つとが、さっきの話じゃないけどね。
一年間も信心止めんなんごと(なんだった)。まあだ、幼稚園に行きよる子供が、おっちゃん、アンタみょうな顔をしとんのち言うたもんじゃけん、もう、それがもう、カチ-ッと来たわけです。ね。そして、もう、とうとう、あげんとこには参らんということでしょう、一年余りお参り出けなかった。
そういうことではね、だから、まあ、いけないことは皆が分かってるんですけれども、そういう言うなら願いと、そう起きて来る事柄というものが、もう、密接な関係があるということをね、しかも、それは合楽の道に繋がる道であるということをね、一つ、思い込んでおかなければいけない。ね。
神に信じられる氏子。昨日、お話にみえましたお方は、福岡教会の三男で、私どもは小さい時分によく、まあ、存知あげとった訳でしたけれども。そのお父様である、吉木辰二郎先生。福岡教会に養子に見えられたお方。なかなか偉い先生でした、お徳を受けた先生でした。よくお話を頂いておりました(が?ら?)、久留米とは親子の関係ですから、久留米にちょいちょいお出でられる。その当時の久留米の初代と言やあ、もう、それこそ、もう、それこそ生神様のように皆が尊敬申し上げた先生でありました。
ご晩年、体が(きかれん、中部?)の状態になられて、長い藤椅子にこう、長くなりながら、そして、御取次の御用もやっぱなさっておられた。そういうある日に、吉木先生お参りになってから、先生に、まあ、「親先生、こういう御神徳を受けられた貴方が、他所にお話にお出でることも出けません。それで、貴方が頂いておられる御神徳を私に譲って下さい。私はまだ若い、そして、あちらこちらでお話にならなければなりません。御神徳を譲って下さい、そうすれば、その御神徳を言うならば、私の参りますところでお話が出来ますから」と言うて、お願いをなさった。
そげなこつ、簡単に出来るもんかいと仰らじゃったんです。本当に、やれるもんなら、やりたいと思いよったっちゃないでしょうか。思いますよ、本当にやれるものならやりたい。これは、私ぐらいな信心でもです、親先生、貴方の信心が頂きたいて、本当に頂いてもらいたいと思うんです。なぜ、私がおかげを受けておるから、アンタもこんなおかげを頂いたら、どんなに有り難いことだろうかと思うから、やれるもんならやりたいと思うです。ね。
ところが、しばらくね、心中御祈念をなさったと、先生が。おもむろに、まあ、仰ったことは、「吉木さん、御神徳というのはなあ、神様のご信用じゃからな」と仰ったということです。( )しようがない、神様のご信用。御神徳を受けたいと思うなら、神様から信用して頂けるような、言うなら信心になるより他にはないのだ、と。ね。今朝の御理解を頂いておりますと、今、合楽では心行信行家業の行と、こう言う。ね、信行。例えば、なら一月間の夏期信行なんかは、信心の行ですわね。それを貫いた。ね。
言うならば、信行が貫かれる。夕べのよし江先生が申しておりますように、もう楽はするとは思わん。ね。昼にどんなにきつかっても、横になるようなことはせんと、こう心の中に決めさせて頂いて、それが本当に貫かれた暁には、私はお徳を受けると思うな。ね。いわゆる、信行である、信心の行です。
その信行が貫かれたところから、ね、もう、この氏子はもう大丈夫という、その辛抱力に対する辛抱の徳である、言うなら御神徳であろう、人間の幸せの条件の全てが足ろうて来るようなおかげにもなって来ようというものでございます。ね。皆さん、(とみえて?)おられるでしょう。心行信行家業の行。ね。
これだけのことは、自分の信行、信心の行として、貫かせて頂くということを、しだごだにするようなことでは、おかげは受けても、私は神様のご信用は付かんと思う。いわゆる、神様のいわゆる御神徳は受けられないと思います。ここでは、いよいよ豊かな大きな受け物づくりに通って来とると思うて下さい。
大きなおかげを頂きたい、言うならば力を受けたい。そこに、力を下さろうとする、言うなら働き。そういうチャンスというものが、いつも私どもの周辺にはあってるんだけれども、うかつにしておると、それこそ売り言葉には買い言葉で、いわゆる、何もならない。いや、そのことが、いよいよ、対立になったり喧嘩になったり、おかげの頂けない、かえって元を作るというような結果にすらなり兼ねないのです。ね。
そこを言うなら、先だってから、梅山の家内が頂いておるように、ね、「良方端」。ね。良方の、言うならば、その字でこう頂いた、良方端とこう頂いた。良は、りょうという字、良しという字ですね。方というのは、こう、方という字。ね。
良方の、これは、たんというのは、端という字が書いてある、極端の端である。ね。だから、一つのことをです、ね、それこそ売り言葉に買い言葉で、向こうがカツンと来たなら、こっちも、もっとカツンとやってやろうといったような事では、こちらの方のおかげの受けられない方の極端になって来る。
けど、それを、なら、どっこいと喜びで受けさせて、はあ、神様がこげんして力を付けて下さるなあ、とお礼が言えれるような。それこそ、佐田さんじゃないけれども、その体の悪いことが嬉しゅうなったというような受け方をする。極端から極端だけれども、ね、良方。極端から極端ですけども、こちらは言うならば極楽道であり、こちらは地獄道ということになる。
先だって、文男先生がお話をしておるその中に、本当に、今日、何十年間、信心してくりゃ、私は様々なおかげを頂いて来た。それこそ、血の涙の出るようなこともないじゃなかったけれども、その血の涙が有り難涙に変わって来るようなね、信心をさせて頂いた。もう、腹は立てんと決めたら、もう、それこそ煮えちぎれるような時もあったろうけれども、それを辛抱した。
おかげで、それがもう、腹が立たんごとなった。言うなら、力が出けて来た、という話を私が聞いておりました、発表ん時に。そしたら神様から、あの、こげん頂く。これは(一遍?)子供ん時にここに、(地獄道?)っち頂いた。ね。(つるりんの、こうさしられとられるな道なん)。ね。けれども、ほんなちょっとこうひっくり返したら、極楽道という。手ばこうして、こうして見せて下さるけん、何じゃかと思いよったら、今、文男先生が話しておる、それこそが心一つで地獄道でもあおる、茨の道でもあったろうけれども、その茨の道を有り難い、言うなら喜びの道にして行った、と。ね。
この頃、壮年大会ん時に司会の吉富さんが言うておられました。シルクロードということは、シルクということは、ね、苦しいと言う、反対に言うと。しろく、ね、苦しいでしょう。ロードというのは、ドーロと言うでしょう。ね。言うならば、苦しい道路と、にするも、シルクロ。絹のように柔らかい道と、言うならば、あれは訳すると言うそうですが。絹のような柔らかい道で通る、ね、十字架ば背負うたり、ね、茨の道を歩いておると思うておった、その道がシルクロードであった、絹の柔らかい道であったというところに、そこにしかない、言うなら宝を頂くことが出けたように、ね、三蔵法師が。
三蔵法師たちが通った道を、シルクロードだと言うんだそうですけれども。信心させて頂く者は、この道を歩くんです。ね。そして、こういう受け方から、こういう受け方にならせて頂くということ。ね。そのけいこをさせて頂いて、そのけいこを本気でさせて頂こうという、その気になったら誰でも出けるように、楽しゅう出けるように説いてあるのが、合楽理念なんです。ね。
皆さん、だから結局、その気に、本気でその気にならせて頂かなければならんということです。力が欲しい、おかげが欲しい、お徳が欲しい。ならば、力の頂けれる道、お徳が頂きたいと思うなら、お徳を頂く道は、そこにはっきり教えて頂くのですから、ね、そこのところを日々生活の上に頂いて行きたいと思います。どうぞ。